●アドリブができない。
アドリブとは
音楽でいうところの「アドリブ」というのは「アドリブ・ソロ」という言葉と同義になっているようです。譜面を使ってバンドでなにかの曲を演奏 するときに、まずは「イントロ」「テーマ」そして「間奏」、再び「テーマ」「エンディング」となったりしますが、この「間奏」の部分で 「ソロを取ってよ!!」などと言われたりします。その「ソロ」を音符で書いてある場合もあり、また、音符ではなく「コード進行」のみを書いてある だけのものもあります。さて、ここで言う「アドリブ」というのは後者の「コード進行」だけが書いてある場合に「さて、どうしょう?」と思われる 方を対象にしています。「アドリブ」は「即興」というふうに邦訳されてきていますがここでいう「アドリブ」は音楽上の作業ですから「即興演奏」 ということになります。
もともとの「即興演奏」って?
音楽という言葉も楽器もなかった大昔、「声」や「打つ道具」などを使って情報の伝達や感情表現が行われていたようですが、このあたりから発展に 発展を重ねて現在の音楽に繋がっているようです。単細胞生物のアメーバが人間に進化したのかどうかが真実なのかどうかは知らないのですがそれぐらい 凄い進化だと思えます。このころには「君、音程悪いね!」「リズム感ないね!」などとノタマウ人もいなかったと思いますが。そんなことはともかく、好きに 叩いて、好きに声を奏でていたのだろうと思います。楽しいときにはそのように声を出したり叩いたり、悲しいときにはまた違う風な表現になったり・・・。 「即興演奏」の原点は、この辺りにあるように思えてなりません。
原点を忘れがち!
「自分の気持ち」を表現することは楽しい事です。というよりも人間生活の基本の一つだと思いますし、ですからむしろ、積極的に必要なことなのだと 思います。「音」は言葉のように「具体的」ではなく、「相対性理論」のように宇宙の彼方のものでもありません。ちょうど良いのです。なにがちょうど 良いのか? もし、仮に、あくまで仮にですよ、あなたにとって目の上のタンコブになっている上司の方がいるとします。あなたは一言「アホタレー!」と言いたい のですが、そんなことは人間的にも社会的にも言ってはいけないとは十二分に分かっているし、自分の「わがまま」が最大の原因だとも感ずいている。けど、 けれどこの複雑で不条理なエネルギーの塊はいかにせんや。「飲もう!」なんて事になるかもしれません。さて、ここで音楽をとうしてエネルギーの塊を放出 してしまう方法・・・。いい音楽を聞いているだけでも癒されるのですが、あなたは音を奏でる側にいらっしゃるわけですから、多分楽器や声をお使いになって その負のエネルギーを放出できるかもしれません。あなたが普段、トランペットを吹かれているとしますと音を奏でるときに「アホタレー」思いながら、あるいは 言いながら「ドレミファー」と吹かれても、その演奏を聞いておられる方のだれにも、そしてもちろん、タンコブにも「アホタレー」とは聞こえていないと思います。 すみません、ちよっと例えが下品でした。「即興演奏」を勉強してゆくうちにどんどん難しくなってきて、「原点は気持ち」の表現だということを忘れがちになって しまうので。好きに音を奏でるという事が基本だということを基礎の基礎としてあなたの音楽を創ってゆく上での土台に浸み込ませておくと良いと思います。 長すぎる文章でした。すみません。
素材を知ろう
音楽の三要素「メロディー」「ハーモニー」「リズム」の説明はネットで調べていただくとして、「即興演奏」に 直接かかわってくる全世界共通の「素材」についてご説明しておきます。インスタント・ラーメンではありませんが インスタントにルールをキャッチできるように「コード・ネーム」というものが発明されました。(といいつつも ネットで調べてみますとピアノ奏者「Jelly Roll Morton ジェリーロール・モートン」という方が発明したとなって います。)多くの場合、譜面には音符が書いてあります。(すみません、あたりまえでした。)それと同時に、コード・ネームも 書いてあったりします。コード・ネームって「C7」とか「Cm7」とかの英数字(大文字)一個と英数字(小文字)、数字などが添え られている記号です。この記号は、ポピュラー関係の音楽では標準装備のアイテムの一つになっていると思います。このアイテムが ポピュラー音楽、とりわけジャズ音楽の発展におおいに貢献してきているのですが、特に「即興演奏」にとってはすばらしく役に立つ 道具の一つになってきています。
コード・ネームには一定の約束事があります。まずは、このルールを知ることが大事かと思います。ネットにも沢山の参考になるものが ありますので調べてみてください。コード・ネームを調べてみようとお考えのあなたは、すでに次のステップに片足をお掛けになっています。
さてさて、素材は同じでも料理するひとによってその出来上がりは異なってきます。とはいえ「素材」についての知識が不足していたり素材を 加工したりする技術が十分になかったりしたら、ちょっと不安になってしまいますよね。