サックスお役立

Jazz saxophone 吹きの散歩道

ジャズサックス問題点の私的対処方

〇直感

たかが直観、されど直感。

ここでお話している直感とは自分自身でもってあらかじめ計算できないとか予測できない、理屈などが入り込む時間的 余裕のないある意味では自動的反応の事で、音をはなってからはたと気づくような事柄です 。「何でこうなるのか分か れへんけど、いい感じ。」といったものについてのお話です。音楽での楽器演奏の現場、特に即興演奏についての お話ですのでかなり限定的です。音を奏でることが出来ていくつかのキーの音階を演奏できる、そのような人に取っては 役に立つかもしれません。初心者の方でも、ある程度楽器を演奏する技術を身につけておられてアドリブをした経験が おありなら、はたと思い当るふしがあるかもしれません。さて、直感についてです。まずは、大きく二つに分類してみました。 一つは、本能的直感でもう一つは鍛えられた直感です。このような分類が妥当なのかそうでないのかはさておき、このまま 勝手気ままに進める事にします。

本能的直感

ゴギブリを見つけるやいなや「ギャー・・!」というのもそうかもしれません。しかしながら、音の世界での現象としてゴキちゃん をみつけるやいなや叫ぶというような反応、それに似た音楽的な咄嗟の反応みたいなものがあるのでしょうか。例えば、 演奏中にドラが鳴ったら何が何でも「起立・礼」してしまうとか、コンサート-A-音がなったら「あっちもってホイ」してしまうなど ・・・・、少しおふざけしてしまいましたが少なくともこのような事が起こるわけありません。演出としてはありとも思いますが 本能的に無意識にこのような行動になることはあり得ません。すみません、音のおはなしですよね。もっと現実的に演奏の現場に おいての具体的な事について考えてみたいと思っていますので、アドリブを演奏中の事柄について考えているのですから、 まずは合奏、アンサンブルについてもっとシンプルで基本的なところで考えてみる事にします。

さて、複数のプレイヤーがバンド演奏をだいだい同じ目的をもって始めようとするとき、演奏を始める寸前、必ず無音状態 になります・・・。寸前とは限りませんね。実際の演奏ではどなたかの声や動作によるカウントや、カウントなしの合図・振り などで全員が一致団結して開始点から同じ速度、あるいわ同じ速度でないかもしれませんが同一の開始点から出発し ます。これは、直感などまったく関係ありません。慣習、約束事ですね。そのほかの場合では、イントロダクションとして特定 の楽器のプレイヤーが本編の前に演奏を始めたりもします。普通はリズムセクションやピアノ・プレイヤーやギター・プレイヤー が作ってくれます。さて、ここで想定しているのはジャズ・コンボの演奏です。恐縮ですが自分勝手にバンドの楽器構成を 次のように決めさせてください。テナー・サックス、ピアノ、ベース、ドラムスです。この構成では大方テナー・サックスの方が メロディーを演奏することになるでしょう。さて、メロディーをフェイクせずにストレートに演奏するのは勇気がいります。ほと んどの方はフェイクして演奏されるものと思いますが、このフェイクはあらかじめ決められた計算なしに本能的にやっておられる方、 コードやリズムをあらかじめ綿密に考えて計算されたフェイクを演奏する方、どちらもおられると勝手に思っているのですが いかがでしょうか。もちろんの事どちらが良いとか良くないではありませんが、この辺りが最初の分岐点なのかも知れません。 -分岐点?-なんの分岐点。つまり、アカデニス゜ムとイテマエニズムです。即興演奏を自分の思い通りにあるいは気の向くままに 演奏したいと思っているわけですが、そのためにどんな練習を続け、そして多分大げさになり過ぎると思いますがどんな生き方 をすればいいのでしょうか・・・など私には分かりません。私にとってはそのように考える事そのものにあまり意味がないので。 というかそんな余裕がありません。日々なんとか精一杯、出来れば誠実に生きたいと考えるみです。ですが前者については 少し考えを言えるかもしれません。素晴らしい演奏をされるプレイヤーがいます。そのプレイヤーから奏でられる音・音・音、 音の繋がりが応用の結晶だとするとどのような基礎があって、その基礎の組合せ、混合、融合からいかにして精製されてくるのか。 知りたいと思います。自然科学でいう基礎研究と同じなのではないでしょうか。基礎研究に沢山投資しないと四方八方に枝はを 伸ばした大木のような応用は生まれてこないのかもしれません。このように考えて歩き続けてくるとジャズの形や表現方法に こだわっている事がもったいなくも感じてきている次第です。年齢を重ねるにしたがって、確実に広がってきているようです。 このあたりどうなんでしょうか。普通は逆であるはずですが、単に私の勘違いかもしれませんのでそこのところお含みおき下さい。 すみません。長くなってしまって、しかも自分で何が言いたいのかわからなくなってきました。多分、最終的には、音楽、 特にジャズのアドリブにおいても本能とアカデニズムは共存して互いに助け合い、そしてたまに共振して膨れ上がると言いたい のだと思います。

続く・・・・。

鍛えられた直感


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